狙撃兵の訓練所-改

精神障害者のLog.

深夜の鬱屈【弐】

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ざっくるく…(っ´ω`c)

筋トレしたら少し気分がポジティブになったのですよ。鬱屈としているような(殆どの人間が夜は鬱屈とし易い傾向にある)そんな人間の独りになんとか数えてもらえるのかな?

鬱屈と思考してみたのです。

これはそんな記録(Log)です。

【鬱屈と】なんて云っていますが、前回のようなネガティブ記事ではありません。

zakux.xyz

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まず今回鬱屈としつつ、考えたテーマは、

『人間は不完全』

です。なので、どうすれば良いのか?その言葉の先に何が出てきたか?と言った記録です。

 

始めのうちは「他人は不完全だから人に完璧を求めてはいけない」といった当たり障りの無いような文句が頭を過るだけでした。

 

そこから、「自分も完璧ではない」に変化してゆきました。

「自他共に完璧ではないならばどうすれば良いのか?」がテーマになりました。

 

その内に「完璧でないから独りでは立てない・歩けない」と成り、それなら

「完璧ではない者同士、支え合えば良い」という何とも当たり前の考えが浮かびました。

「そんなの当然でしょう」と言われそうな内容ですね。

 

しかし、くら~い夜に独りで何にも頼らず、ただ、カフェオレを飲みながら思考しているのに、ここまでくるのには少し時間が必要でした。なんだか、漠然と宛てのない砂漠の旅をしているようで、なにも取っ掛かりがないのですね。

取っ掛かりがないかというと、実はひとつだけあります。自分の思考そのものです。

だんだんとその思考が変容してきます。思考と睨めっこです。と同時に思考が伴走者になってくれます。

敵にもできるし、パートナーにもなる思考を操り、だんだんと変わりゆく思考を扱ってゆきます。

 

考えが修まるとほわっとします(っ´ω`c)

「夜の砂漠の旅路」は筋トレという強力な仲間の力で強化できます。筋トレにより血流もよくなり、脳にも血がめぐります。興奮してくるし、一つ一つのメニューを熟して、満足してきます。些細な筋トレでも僅かながら高揚感に包まれます。

思考もよく回るようになります。

 

「完璧ではない者同士、支え合えば良い」のならば、みんな多かれ少なかれ独りでは立てないのだから、一緒に支え合い歩いて走って押して押されて引っ張りあって生きて行けば良いのかな、と思うに至りました。

 

意見がぶつかることも、当然ありつつ、それを打ち消すのではなく、まずは善く聴いて(傾聴ってやつですね)、こころに「溜め」を創ってから相手に返せば良い。

相手が何も求めていないような時、例えばただ「そうだね、大変だね、それは辛いね」と共感してほしい時のほうが多いものだと気付きます。これは「相手」なら「相手の相手は自分」ですから、自分もそんな風に求めているのかなと思います。

 

人は共感を求める生き物だ。みんな歩く道は違っても、偶には寂しい道を、その道の味わいを「共に感じ」ながら旅していく生物だ、と感じます。

それこそ「共感」なんだと。

 

例えば何を共感してほしいのか?

例を挙げるなら

  1. 喧嘩してしまった辛さ(もう仲良くなれないのかな、とか)
  2. 生きていくこと自体の辛さ(自分の世話だけにしても、面倒で厭になってくる人は多いはず)
  3. 一人でいると怖くなること(子供心に夜のトイレが怖かった経験ありますよね。ヘンな例えになりましたが、物騒な世の中です。怖くて当たり前ですね)
  4. 病気や怪我の辛さ(これは本当に辛いものです)
  5. 辛さ怖さだけでなく不安や心配も尽きることがない(仏教では一切皆苦なんて言いますね。すべてが皆苦しみである、と)

 

こんなにあったら充分、精神を病みますよ。

そして皆そんな時などに、他人に話して楽になったり、趣味に、或いはスポーツに打ちこんで心の煩悶を解消していくんですね。

神様を信じてこころを安定させるのも安心するのも、人々と信じ合って安心していくのも、身勝手で云うことをきかない「心」と付き合っていくためだと思います。

 

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今回はここまでです。

ここまで、ご覧くださいまして、誠にありがとうございました。感謝です🙏✨

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